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​初世 藤間紫(1923〜2009)

大正12年5月24日誕生。12歳で六世藤間勘十郎に師事。21歳で宗家藤間流の名執となり藤間紫を名乗る。若い頃から舞踊公演を主宰、古典舞踊から歌舞伎舞踊、舞踊劇の創作などに意欲を燃やす一方で、女優として舞台、映画やテレビドラマにも数多く出演。その資質と実績から各界の巨匠たちから多くの信頼を得る。また、十七世中村勘三郎、三世實川延若、二世大川橋蔵、三代目市川猿之助(現・猿翁)など歌舞伎俳優とも数多く共演、女流舞踊家としては珍しく歌舞伎公演の舞台にも参加した。1980年代からは、三代目市川猿之助の海外公演や一門の歌舞伎活動を支えた名プロデューサーとしても知られる。昭和62年(1987)宗家藤間流を離れ、自らが家元となり紫派藤間流を創流。多くの弟子を育てる傍ら、晩年は流派を越えて日本舞踊協会主催公演にも出演。多岐にわたり活躍した。平成21年(2009)、三代目家元を孫の爽子に指名、二代目家元を夫の三代目市川猿之助に託し、85歳の生涯を全うした。平成21年3月27日歿

<受賞歴>

菊田一夫演劇賞:優秀賞(1980年)・大賞(1991年)
読売演劇大賞 :最優秀女優賞(1944年)
紺綬褒章(1959年)
勲四等宝冠章(1994年)
イタリア・ボローニャ市:文化功労賞(1983年)・名誉市民(1985年)

​二代目 藤間紫(市川猿翁)

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昭和14年(1939)12月9日、三代目市川段四郎の長男として東京に生まれる。昭和22年(1947)1月、東京劇場にて三代目市川團子を襲名して初舞台。昭和38年(1963)5月、歌舞伎座にて三代目市川猿之助を襲名。その後、自主公演「春秋会」を主宰。主演を勤める傍ら脚本、演出面まであらゆる事をプロデュースしながら実績を築く。1970年代から、歌舞伎座を始め、各地の劇場で本興行の責任公演が始まる。1980年代から、日本の活躍と平行して、海外に渡り歌舞伎公演を精力的に開催、一方で本場のオペラ演出も手掛ける。昭和61年(1986)3月、新橋演舞場「ヤマトタケル」で、猿之助歌舞伎の目指す3S(スピード、ストーリー、スペクタクル)に加え、現代人にも受け入れられるテーマ、最新のテクノロジーを駆使した【スーパー歌舞伎】を立ち上げる。昭和63年(1988)、一門の若手を本格的に養成する活動を開始。「二十一世歌舞伎組」と命名。平成22年(2010)、初世家元の逝去に伴い、藤間紫の名跡を預り、紫派藤間流の二代目家元となる。平成23年5月(2011)、国立劇場にて『初世藤間紫三回忌追善舞踊会』を開催。平成24年(2012)6月新橋演舞場にて二代目市川猿翁を襲名。平成27年(2015)5月、国立劇場にて『初世藤間紫七回忌追善舞踊会』を開催。令和2年(2020)、三代目家元として、孫の爽子に藤間紫を相続させる。

<受賞歴>

テアトロン賞(1965年) 名古屋ペンクラブ賞(1969年) 芸術選奨 新人賞(1976年) 松尾芸能賞 優秀賞(1980年)
ボローニア市文化功労賞(1981年) 毎日芸術賞(1984年) フランス芸術文化勲章(オフィシエ)(1987年)
芸術選奨 文部大臣賞(1990年) 菊池寛賞(1996年) 紫綬褒章(2000年) 文化功労者(2010年)
第22回モンブラン国際文化賞(2013年)

​三代目 藤間紫(藤間爽子)

1994(平成4年)8月生まれ。幼少より、祖母の紫派藤間流家元・初世藤間紫に師事。7歳で、祖母、兄・貴彦と共に歌舞伎座にて初舞台。その後、長唄『藤娘』、長唄『鷺娘』、長唄『望月』花若丸、清元『幻お七』、常磐津『狐火』等、大曲を務める。日本舞踊協会の主催公演や新作公演の第一回日本舞踊未来座「賽=SAI=」では『当世うき夜猫』(2017年)に出演。また、NHK連続テレビ小説「ひよっこ」に出演。(2017)舞台『半神』(原作脚本:萩尾望都、脚本:野田秀樹、演出:中屋敷法仁 2018年)のマリア役、第三回日本舞踊未来座「彩SAI」の『檜☆男』(2019年)、阿佐ヶ谷スパイダース公演『桜姫』(原作:四代目鶴屋南北、作・演出:長塚圭史/2019年)にて主演をつとめる。その他、CMに出演する等、活動の幅を広げている。現在は祖父・2代目藤間紫(現・市川猿翁)に師事。

藤間翔

1992年1月生まれ。幼少より、祖母・紫派藤間流・初世藤間紫に師事。9歳で歌舞伎座にて祖母と共演、初舞台を踏む。その後、歌舞伎「勧進帳」太刀持ち(弁慶・現市川右團次、富樫・市川猿弥)、長唄「連獅子」仔獅子(親獅子・市川猿弥)等を務める。2006~2010年までジャニーズ事務所に在籍。2010年日本大学芸術学部演劇学科企画制作コースに入学と同時に学業に専念。2014年卒業後、翌年11月琳派4百年記念祭・朗読劇「風神雷神図」に素庵の息子・玄紀(俵屋宗達・片岡愛之助、角倉素庵・中村壱太郎、語り・辰巳琢郎)役で出演。2018年11月奉納舞台「一粒萬倍」国生みの神・イザナギを務める。世界に日本文化・日本舞踊広く伝えるため、海外公演にも参加。また日本国内でも文化講座やワークショップの講師も務めている。現在は祖父・二代目藤間紫(現市川猿翁)に師事。2019年2月より、わかもと製薬「アレジフェンス」のCMに出演。

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藤間可笑(市川笑三郎)

二代目家元代行。昭和45年5月6日 岐阜県出身。昭和61年(1986)4月 三代目市川猿之助(現・猿翁)に入門。三代目市川笑三郎を名乗り初舞台。同時に初世藤間紫に師事。二人の内弟子として修行を積む。平成6年(1994)3月 三代目猿之助の部屋子となる。二十代は、歌舞伎の本興行で大役に起用される一方で、舞踊の技術向上のため立ち上げた自主公演『笑三郎の会』(1994~2000年)を主宰。紫派藤間流舞踊会でも歌舞伎舞踊の大曲に挑む。平成8年(1996)4月 紫派藤間流の師範となり藤間可笑を名乗る。三十代は、役者と平行して、舞踊家としても活躍。更にラジオ「邦楽ジョッキー」のパーソナリティー(2004~2008年)。他にもテレビの邦楽番組に出演。脚本や演出活動にも力を注ぐ。また、文化庁主催の学校向けの歌舞伎教室で全国各地を巡る。平成22年(2010) 故・初世紫の遺言により、病身の猿翁(二代目藤間紫)に代わり、紫派藤間流の家元代行となり、次期家元を指名された爽子、兄の貴彦など、紫派門弟の指導に当たる。四十代は、家元代行として数々の振付活躍に励み、紫派藤間流の流舞「藤は紫」(2011年)を作舞、新派公演「小春狂言」(2012年)構成・振付をするなど創作活躍に取り組む。一方、役者の弟子たちを育成する傍ら、オペラ「蝶々夫人」(2013年)、「金閣寺」(2015年)の所作指導。サンリオピューロランド  ミュージカル「ハローキティ一座の桃太郎」(2018年~)で、キャラクターたちの歌舞伎所作指導を担当するなど外部からの依頼が増える。

【受賞歴】
・松尾芸能賞 新人賞(1994)、他

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